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大人気サイト「台湾トコトコ日記」のフェードアウト的終了から3年。ついに第二弾が開幕!なんとこの間、台湾人の妻と結婚し、旅もよりディープ?な方へ。このブログでは、台湾やアジア諸国の情報に加え、マイレージの貯め方やポイントサイトの利用方法など、日本人夫と台湾人妻が実践している日常生活の知恵なども綴っていきます。夫婦共々どうぞよろしくお願いします(^- ^ )
記事一覧
2011-09-17
◆ 韓国トコトコ日記(2011年7月)
宋廟は昌慶宮(チャンギョングン)のこれまた裏手にあり
徒歩でだいたい15分のところにあります。
昌徳宮(チャンドックン)からですと30分くらいでしょうか。
それにしてもこれだけ近いエリ
2011-09-16
◆ 韓国トコトコ日記(2011年7月)
今は7月10日(日)の15時。
実はまだ2日目。で、すでに第十一話。全部で5日あるというのに。。
この旅日記、いつまで続くんだろう。
マレー鉄道の時より時間の経過が遅いぞ。おかしいな
2011-09-15
◆ 韓国トコトコ日記(2011年7月)
宮殿を散策したあとは後苑へ。
後苑は王様のプライベートエリアです。
自然の地形をできるだけ崩さずに作られているため、
山あり谷ありのなかなか激しい散策になりました。
冬には積雪が3m
2011-09-14
◆ 韓国トコトコ日記(2011年7月)
12時30分。
昌徳宮(チャンドックン)到着。
北村韓屋村から徒歩でだいたい15分のところにあります。
地図はあるもののあまり地図を読むのが得意でない私は都度
近くにいた現地の方に
2011-08-18
◆ 韓国トコトコ日記(2011年7月)
景福宮の側を抜けて山の方へ向かうと北村韓屋村があります。
北村韓屋村はちょっと前まで王宮に遣えた偉い人たちが住んでいた
いわば今でいうところの高級住宅街。
小高い山の中腹にあり街を見下
宋廟は昌慶宮(チャンギョングン)のこれまた裏手にあり
徒歩でだいたい15分のところにあります。
昌徳宮(チャンドックン)からですと30分くらいでしょうか。
それにしてもこれだけ近いエリアに世界遺産が2つもあるってすごいですね。
だいたいこれだけ近いと〇〇群みたいに分けられそうですが、
実際は別々で登録されています。すごいです。
廟とついているくらいですからだいたい察しがつきますが、
ここは歴代の王様と王妃の神主(位牌)を祭っている場所なのです。
墓ではありません。位牌を祭っているだけです。
先祖供養と穀物の神への祈りの場所として、朝鮮王朝の開祖である李生桂が建てました。
それから600年。王朝は無くなりましたが今でも毎年5月に”宋廟祭礼”が行われてるようです。
600年前。日本は戦国時代?安土桃山時代くらい?でしょうか。
それくらいから続く行事ってどんでもなくすごいと思いませんか?

今は7月10日(日)の15時。
実はまだ2日目。で、すでに第十一話。全部で5日あるというのに。。
この旅日記、いつまで続くんだろう。
マレー鉄道の時より時間の経過が遅いぞ。おかしいなぁ。
・・・まぁ仕方ない。
今回はソウル近郊という極狭い範囲でのトコトコ。
あとは旅の日数も限られていますから必然的に一日の体験密度が濃くなるのです。
はい。たぶんそういうことです。
残りの昌慶宮と宋廟が終わればひとまずこの日の宮めぐりは終了です。
もう少々お付き合いください。
さて、今日は昌慶宮(チャンギョングン)。
正直ここは景福宮(キョンボックン)や昌徳宮(チャンドックン)に比べれば地味な王宮です。
歴史的な話をすると、景福宮、昌徳宮の次に建てられた宮で、
歴代の王様たちはどちらかというと自然の中に建てられた昌徳宮を好む方が多かったようです。
そして年々王族が増えるごとに昌徳宮では手狭になり、昌徳宮の裏手に昌慶宮を建てたという経緯があります。
ですから昌慶宮は政治を行う場所というより王族が生活する場所という意味合いが強い宮なんですね。
なので、正直見どころにおいては薄いと思います。
しかしここまで来たわけですから見ないわけにもいきません。
さぁ!今日も宮めぐり、スタートです!!

宮殿を散策したあとは後苑へ。
後苑は王様のプライベートエリアです。
自然の地形をできるだけ崩さずに作られているため、
山あり谷ありのなかなか激しい散策になりました。
冬には積雪が3m〜5mあり先に進めないエリアもあります。
ここでガイドさん交代。
初めは、「なんて毒舌なんだ。何かに不満があるのか?」と
すごく疑問符が付きましたが話を聞いているうちに
それがこのガイドさんの売りだということがわかり、
結果的に一番印象に残る記憶に残るガイドさんになりました。

12時30分。
昌徳宮(チャンドックン)到着。
北村韓屋村から徒歩でだいたい15分のところにあります。
地図はあるもののあまり地図を読むのが得意でない私は都度
近くにいた現地の方に聞きながら目的地を目指します。
さすが世界遺産。(1997年登録)
この界隈には赤い制服にインショメーションの意味の”i”と書かれた帽子を着た二人一組のガイドさんが町を歩いています。
ほとんど日本語と中国語、英語が通じます。
そうそう。私のイメージで韓国は英語が通じると思っていたのですが、
通じるのは兵役を終えた一部の方がほとんどで実際はむしろ日本語の方が通じる場合が多かったですね。
そのことに気付くのは結果帰国日のことだったのですが・・・

景福宮の側を抜けて山の方へ向かうと北村韓屋村があります。
北村韓屋村はちょっと前まで王宮に遣えた偉い人たちが住んでいた
いわば今でいうところの高級住宅街。
小高い山の中腹にあり街を見下ろせステータスがあります。
今でも当時の建物が残っていて観光スポットになっていますが
今も人間の営みが育まれている建物(家)がほとんどのようです。
それにしても暑かった。修行です。
景福宮で結構な道のりを歩いてさらに北村韓屋村へ行くまでも迷いながら軽い山登りをして。。
これからさらに歩くのですがこの時点で結構疲れちゃってましたね。
でも一人旅の好奇心というものはすごいもので、そう思っても話す人もいないし
特にやることもないのでどんどん前に進むしかないのですね。
進むことを止めたらしばらくその場に居座り続けてしまう自分が怖いのかもしれません。
